Time is up

途中を終わらせたいんだ。

寂しさに応えてくれるひと(2)

 

寂しさに応えてくれるひと(1) - Time is up

 

その子に対しておまえが抱くようになった恋愛感情の色を帯びた興味は、おまえを戸惑わせた。おまえはわからなくなってきた。それは純粋な恋愛感情のようにも思える。しかし、果たしてそれが恋愛感情なのか、それとも、おまえの承認欲求をわかりやすい形で満たしてくれる稀有な存在として彼女を欲している感情なのか、判然としなかった。が、結局そんなことはどちらでもよかった。いずれにせよ、その子はおまえにとって特別な存在だったし、それを明確に意識するようにもなった。おまえはその子ともっと一緒にいたいと思うようになった。以前よりも頻繁にそう思うようになっていった。ただ、それだけだった。

 

差し伸べた手をひらりと躱される感覚を抱くと、その恋愛に対する勝機を逸したかのように感じて落胆する。

おまえはわからなかった。その子はおまえに対してほんとうに恋愛感情を抱いているのか、疑わしくなってきたのである。その疑念はおまえを不安の底に突き落とす。底に突き落とされ呆然と立ち尽くすおまえは、なんとかして不安の奈落から這い上がろうと奮闘する。彼女の一挙手一投足を子細に観察し、その裏にある感情を推し量ろうとした。ほんとうはどっちなんだ、と。

 

それはいざ意識してみて初めて見えてきたことなのかもしれない。

それまでは、その子の真意などわからなくてもよかった。おまえはその子から向けられる好意と関心に身を晒すだけで充分だったし、それが恋愛感情か否かを問わず、おまえにはその子の感情に応える気持ちが毛頭なかったから。その子がおまえに対して注いでくれる好意や関心の妙味を、おまえはただ気が向いたときに味わえればそれで満足だったから。おまえに向けられるその感情が、恋愛感情に根を発するものなのかということに、おまえはそもそも無関心だった。

しかし、その無関心とおまえはついに決別してしまった。おまえはその子のほんとうの気持ちを知りたいと思うようになった。その子の感情の底流には恋愛感情が流れているのかという期待はもはや、恋愛感情が流れていてほしいという願望に変わっていた。それをおまえは確かめたかった。おまえに対して抱いてくれているその子の感情の性質を同定したかったのだ。それについて思い悩みながら、おまえはようやく自覚するに至る。おまえは、その子のことが好きだった。

その子の感情の性質をいざ見極めてみたいと思うようになると、それはまさしく暗中模索。おまえはただただ悶々として、心中でひとり振り回される体たらく。彼女がおまえに対して抱いている気持ちの真意が、おまえには全く読めなかった。アルバイトのときに会う彼女はおまえに「好意」をもって接しているように見える一方で、いざ二人きりで会い、こちらの好意を伝えようかと機を窺い始めると、彼女には、こちらの好意を伝える隙が全くといっていいほどなかったのだ。はじめてそれに気がついた。縮まっていると思っていた距離感が、好意を伝えようと意識した途端にひどく遠いものに感じられる。埋めたいところが埋まらないその感覚は、「心に穴が空いている」と形容するのがいちばん近い。

おまえは彼女が向けてくれる好意や関心を、承認欲求を充足する餌として利用していた。

それまでは、餌として足りる程度の好意で満足だった。

それが餌としての効用を有している以上、彼女の真意には興味がなかった。

しかし、

それが恋愛感情としての好意であってほしいと願うようになった途端に、

それが恋愛感情であるとの確証を模索し始めた途端に、

性質の判然としないその「好意」に、おまえは満足できなくなっていた。

それが恋愛感情の色を帯びた「好意」でなければ、おまえは満足できなくなっていた。

けれども、彼女の真意はわからない。 

それがわからない限り、おまえは以前のように彼女とただ会って話すだけでは、満足できなくなっていた。なぜなら、おまえが抱いているのは恋愛感情だから。

おまえ自身の承認欲求を満たす存在ではもはや飽き足らず、おまえは彼女にそれ以上の存在としての立ち位置を求めるようになっていたから。

 

映画を観て、小洒落たダイニングバーに入り、夕食をとった。隙あらば好意を伝えようと目論んでいたおまえは、その機会を見出すことができず悶々としながら、「アルバイト同期」としてのいつも通りの態度で終始接していた。彼女も、いつも通りだった。会話の内容も二人でいるときの雰囲気も、すべて「いつも通り」だった。変わっていたのは、おまえの感情だけだった。どっちなんだ? おまえは彼女の真意を汲み取ろうと躍起になる。確証がほしかった。「心に空いた穴」が塞がらない。

けれども結局のところ、おまえはそれを汲み取れなかった。穴は空いたままで、満たされない気持ちを胸に抱えたまま、彼女と別れることとなった。大切なことをやり切れなかったという後悔だけが残り、終電の地下鉄がおまえの頭を揺らして欝々とさせる。そして、揺り動かされ欝々とした後悔が、ずっと底に沈んで忘れかけていたひとつの諦念を振るい出し、それをおまえに思い出させ、突きつける。

結局いつも、そうだ   おまえは誰かに期待することの怖さを思い出す。

 

*****

 

フィルターぎりぎりのところまで吸い落したアメリカンスピリットをコンビニのスタンド灰皿に投げ捨て、冷え切った夜道を歩き出す。冷たい頭でおまえは沈思黙考に耽る。やっと見つけた「期待」できる相手。やっと出会えた「一緒にいて楽しい」相手。けれどもおまえは、下手に自分の感情を揺さぶってしまい、その相手に「期待」以上のものを求めてしまうようになってしまったせいで、その稀有な存在に対してさえも、期待することの怖さを感じるようになってしまった。もっと会う時間を持ちたいと思う一方で、相手はおまえの期待を見えるような形で満たしてくれることはないということも、わかっている。それがわかっているから、もう、以前のようにおいそれと彼女と会うことはできなくなった。ひどくせつなかった。

 

 一月下旬の皮膚を刺すような肌寒さが、おまえを冷たく包み込む。

誰かがそばにいてほしいのに、誰といてもおまえは寂しかった。