Time is up

途中を終わらせたいんだ。

寂しさに応えてくれるひと(1)

 

終電の地下鉄に揺られ自宅の最寄り駅に着くと、出口のすぐそばにあるコンビニのスタンド灰皿へと向かい、おまえは煙草に火を点ける。

ただしタール5㎎のアメリカンスピリットはいまのおまえの気分には軽すぎるかもしれない。

溜め息混じりの青白い煙が深夜の寒空を走っていく。身体の中を転げ回るやり場のない鬱憤は、煙に乗って吐き出されることはなく渦を巻いて胸の底にどっしり腰を下ろす。それはやがて云い様のない寂しさへと結晶化しておまえを懊悩へ導く。

結局いつも、そうだ    おまえは心中で、諦念に満ちた嘆きの声を呟く。

 

*****

 

ずっとおまえに好意を向けてくれていて、おまえを大切に思ってくれているひとがいた。その感情は限りなく恋愛感情に近いものを匂わせていた。けれどもおまえはその気持ちに応える勇気も興味も持ち合わせていなかった。おまえはその子のことが好きではなかった。むしろ苦手なタイプに分類していた。それは野性的めいた直感によるものだった。その子の所作から時折覗かせる、女特有の狡猾さに目を覆いたくなることがしばしばあったからだ。大学卒業を間近に控えた23年間の人生で、まだいちども女性関係を築いたことのないおまえの「野性的めいた直感」がどこまで信用に足るものかは吟味の余地があるが、特定の女性から恋愛的な好意を向けられることには満更でもなく嬉しく思っていた。

やがておまえはその好意を利用することを覚えた。おまえに好意を向けてくれて、おまえを受け止めてくれる相手。アルバイトのシフトが被ると、いつもおまえに気さくに話しかけてくれる相手。自分に興味と関心を向けてくれる相手がいることの、ありがたさ。おまえはその年齢になってようやく実感し、理解した。

おまえはその子の好意や想いに応えるつもりはなかった。「アルバイトの同期」という関係性を貫くつもりでいたし、それで満足だった。「彼女」という立ち位置でなくとも、その子とアルバイト帰りにご飯を食べに行ったり、プライベートで会って遊ぶことは、おまえ自身の承認欲求を満たすことに十分すぎるほど寄与していたからだ。おまえは自分に自信がなかった。ずっと「彼女」という存在に憧れていた。その子を「彼女」とするつもりは毛頭なかった。けれども、「あなたみたいな人が好き」という思いがその子の身体全身や言動から漂う雰囲気に乗ってこちらにそれとなく伝わってくるような心中の交流は、恋愛経験の乏しいおまえにとっては新鮮な経験であったし、男としての自信にも繋がった。渋々着いていく体裁を繕いながらも、おまえは彼女からの誘いを断ったことはなかった。またその一方で、ささやかに齎される幸福感のなかに身を置きたいという心の渇きにふと襲われることがあると、おまえは自分から彼女を誘うこともあった。

恋愛感情を相手に伝えるのに、あからさまに態度に出すひとと、出さないひとがいる。その子は前者だった。それはおまえ自身が恋愛に対して積極的でない「草食系」としてアルバイト先での地位が確立していたことも多分に影響しているのだと思う。その態度は露骨が過ぎる場面もあり、もはや冗談半分の感に見えることもあった。周りのアルバイト仲間も「またあの子なんか言ってるよ」と温かい眼差しを向けている。「草食系」のおまえに彼女が気さくに絡んでいく構図が周りには微笑ましく映っているらしい。とはいえその露骨とまでもいえる言動に滲み出ている好意にはやはり満たされるものがあったし、「草食系」としての興味なさ気な素振りを演じて彼女の言動を適度にあしらいつつも、おまえは承認欲求の充足を積み重ねていた。

 

誰かと一緒にいて楽しいってなんだろうか。

もう誰に対しても期待するのをやめようと思っていた。

誰かと会っても、結局は満たされない思いが残るから。

 

だけどその子と会うのはいつも楽しかった。その子はおまえのことが好きだから。あるときおまえは気がついた。おまえが「誰に対しても期待したくない」と心中で叫び決断した根底には、「誰かに期待することでその期待が裏切られることが怖い」という弱さがあったのだ。そしておまえが怖れている「期待が裏切られる」というのは、「相手がおまえに対してそれほど好意も関心も抱いていない」ということなのだ。それが揺るがしがたいひとつの事実として迫ってくるのが怖いのだ。だからもう、最初から「期待」したくない。現実を突きつけられるまえに、「相手は自分に対して好意も興味もそれほど持ち合わせていない」と達観視してしまえば、「期待が裏切られて」傷つくことがないから。逆にいえば「自分に好意と関心を抱いてくれている」相手となら一緒にいて楽しいと感じる。

その意味でおまえはその子となら躊躇うことなく会うことができた。「一緒にいて楽しい」と感じる前提としてのおまえに対する好意と関心の存在が確定しているのだから。

 

おまえはただ甘えたいだけだ。

ほんとうは「誰かと一緒にいて楽しめない」ということが問題なのではない。

おまえは「誰かと会うこと」の効用をはき違えている。

ただ承認に飢えているだけだ。

 

 

そして

やがておまえは、意外にもその子に恋愛感情めいた気持ちを抱くようになる。